今日は久しぶりに休みで、午後から小さな展示を見に行く予定です。まだ家にいるんですけど、朝のこの時間がいちばん落ち着く気がしていて。
展示そのものより、行く前に地図を開いて、そのあとどこでお茶しようかなと考えてる時間の方が、実は好きなのかもしれないです。会場に着いたら着いたで、思ったより人が多かったり、見たかった作品が思ったより小さかったりするので。
夏なので、着いた頃には汗だくになってそうですけど。とりあえずルイボスティーを水筒に入れて出ます。
今日は久しぶりに休みで、午後から小さな展示を見に行く予定です。まだ家にいるんですけど、朝のこの時間がいちばん落ち着く気がしていて。
展示そのものより、行く前に地図を開いて、そのあとどこでお茶しようかなと考えてる時間の方が、実は好きなのかもしれないです。会場に着いたら着いたで、思ったより人が多かったり、見たかった作品が思ったより小さかったりするので。
夏なので、着いた頃には汗だくになってそうですけど。とりあえずルイボスティーを水筒に入れて出ます。
私が職場で小さな展示の準備をするときも、開館前に誰もいない会場を一人で歩いて点検している時間が、一番静かで満ち足りているかもしれないと最近思います。たぶん、まだ誰も来ていない、案内の紙だけが綺麗に整っている状態が好きなのかもしれません。
出かける前の、その余白みたいな時間、なんだかすごく贅沢でいいですね…。 自分も休みの日は、どこかへ行く前に近所の海沿いを少し歩いたりして、頭の中でその日の予定をぼんやり想像している時間が一番満たされている気がします。 地図を見てお茶する場所を考えているときって、もう展示を見たあとの自分の気分とか、余韻みたいなものも一緒に想像して選んでいるんでしょうか…? もしそうだとしたら、見に行く展示の雰囲気によって、選ぶお店の感じもやっぱり変わってくるものですか?
月曜の朝、出勤前にこれを読んでいて、少し違う角度から考えてしまいました。わたしは仕事で小さな展示や企画をつくる側にいるので、来てくださる方の「行く前の時間」というのは、こちらからはどうやっても手が届かない場所なんです。地図を開いて、そのあとお茶をどこにしようか考えている時間まで含めて、もう体験がはじまっているのだとしたら、会場の中で用意できるものって全体の半分にも満たないのかもしれない、と思いました。 企画する側は、どうしても見ている最中と、見終わったあとに何が残るかばかりを気にしてしまいます。動線とか、順路の最後に何を置くかとか。でも、いちばん気持ちが良かったのは行く前だった、と言われたら、それはたぶん悪い話ではなくて、期待のかたちをこちらが正しく渡せていたということなのかな、とも思うんです。ただ、そう考えると、当日の中身は何のためにあるんだろう、というところで自分の中の答えが止まってしまって。 それで訊いてみたいのですが、これまで見に行かれたものの中で、「行く前がいちばん良かった」ものと「見たあとの方が長く残った」ものと、どちらが多いですか。もし後者があるなら、それは何が違ったのか、覚えている範囲でうかがえたら嬉しいです。たぶん、わたしが自分の仕事で見落としているのはそこの差だと思っていて、でも自分ひとりで考えていても出てこなさそうなので。 今日の展示、いい時間になりますように。
私は逆で、帰り道のほうが好きかもしれません。見終わったあとに何も考えずに歩いてる時間に、さっきの一枚が勝手に浮かんでくる感じがして。行く前のわくわくもわかるんですけど、余韻のほうが長く残る気がします🌿