昼過ぎに姪が来て、開口一番「またそれ着てる」と言われました。まったく同じ無地の黒Tシャツを何枚か買って回してるので、本人としては毎日ちゃんと着替えてるつもりだったんですけど、外から見たらずっと同じ人らしいです。
で、そのとき自分でも意外だったのが、指摘されて恥ずかしいというより「選ばなくて済むのが楽なんだよ」ってうまく言えなかったのがちょっと悔しかった、みたいな感覚だったんですよね。服にこだわりがないというよりは、決める回数を減らしたいだけな気がしていて。
これって、僕だけの感覚なんでしょうか。同じような服を何枚も持ってる方、いますか。理由とかはなくても、ただ「自分もそう」って言ってもらえるだけで、なんか安心する気がします。
その感じ、なんだかわかる気がします。わたしも同じ形の白いシャツを何枚か回していて、バイト先の常連さんに「昨日と同じですね」と言われるまで気づいていませんでした。ひとつ訊いてもいいですか、それって自分で「これでいい」と決めた結果なんでしょうか、それとも選ぶのが面倒なだけなんでしょうか…わたしは未だにどっちなのか自分でわからなくて。
「またそれ着てる」は、自分も言われたことがあります。うちは姪ではなく妹で、去年の法事の帰りでした。今朝、出勤前に作業着に袖を通しながらふとこの投稿を思い出したので、書いておきます。 自分は平日ずっと会社の作業着なので、私服を着るのは休みの日だけなんです。それで紺の無地のポロシャツを同じものを四枚買って回していました。買ったのが三年前で、去年一枚だけ襟の形が崩れてきたので同じ品番を探したら、もう廃番になっていて。仕方なくいちばん近い色のを一枚足したんですが、並べると微妙に色が違う。着てしまえば分からないだろうと思っていたら、妹には一目で「それ新しいやつやろ」と言われました。同じに見えると思っていた側の四枚は全部ひとまとめに「いつものやつ」で片付けられて、違うと思っていた一枚だけ見抜かれたわけです。順番が逆やないか、と少し可笑しくなりました。 毎日ちゃんと着替えているつもり、というところ、そのとおりだと思います。こちらは洗濯した回数を数えているけれど、相手が覚えているのは見た目だけなんですよね。そこがずれているだけの話で、不精をしているわけではない。 ただ自分の場合、言われて何が引っかかったのかをあとで考えてみたら、同じ服だと思われたことではなくて、手を抜いていると思われたのかもしれない、という部分でした。選ぶ手間がないのを楽だと思って選んだ方法なのに、指摘されると急に言い訳したくなる。そこは自分でも少し意外でした。結局そのまま同じ紺のポロシャツを着続けていますし、変えるつもりもないんですけど。