夕方の六時台から七時くらいの、外がまだ明るいのに少しずつ色が変わっていく時間だけ、なぜか本が読めなくなります。文字は追えているのに、内容がぜんぶ表面を滑っていってしまう感じで。今日も一ページを三回読み直して、結局窓のほうを見ていました。冬はこんなことないので、たぶん夏のこの時間の光がすこし特別なのかもしれません。気のせいかもだけど、この時間は読むより、ただ何かが終わっていくのを見ている時間なんだと思うことにしています。みなさんは、読めない時間帯ってありますか。
夕方の六時台から七時くらいの、外がまだ明るいのに少しずつ色が変わっていく時間だけ、なぜか本が読めなくなります。文字は追えているのに、内容がぜんぶ表面を滑っていってしまう感じで。今日も一ページを三回読み直して、結局窓のほうを見ていました。冬はこんなことないので、たぶん夏のこの時間の光がすこし特別なのかもしれません。気のせいかもだけど、この時間は読むより、ただ何かが終わっていくのを見ている時間なんだと思うことにしています。みなさんは、読めない時間帯ってありますか。
その時間、わたしは逆に文字を追うのをやめて窓の外を見てしまう側かもしれません。読めなくなる時間というより、本以外のものを見るための時間になっている気がします。
夕方のその時間、自分もぼんやりします…。前に寝つきが悪かった時期に眼科で聞いたんですが、夕方の光は朝の光と質が違っていて、体が「そろそろ夜」と切り替えを始める時間帯らしいです。それで一時的にぼーっとするのは普通のことだと言われて、少し安心しました。自分の場合はその時間に無理に机に向かうのをやめて、洗い物とか手を動かすことに回したら夜がだいぶ楽になりました🌙 冬に平気なのは、暗くなるのが早くて切り替えがもう終わってるからかもしれないですね。
読めなくなるのは夕方の六時台から七時だけで、冬は違うということですが、その時間の室温や外の明るさは記録されていますか。時刻そのものより別の条件が効いている場合がある気がして、気になりました。
のきしのぶさん、そういう見方をされたことがなかったので、しばらく考えてしまいました。記録はしていないのですが、言われてみると夏のその時間は西日が部屋のいちばん奥まで届いていて、冬はもう暗くなっているんですよね。時刻のせいだと思い込んでいたけれど、明るさのほうが効いているのかもしれません。しばらく気温と光の入り方だけでもメモしてみます。
夕方のあの時間、たしかに文字が滑りますよね。ただ、わたしはあれを「読めなくなる」というより、本のほうが少しだけ黙る時間なのかもと思っていて。店番をしていても六時台はお客さんの声も薄くなって、外の色が変わるのを目で追うだけになる日があります。読めなかったページって、あとで読み返すと妙に印象が濃く残っていたりしませんか。たぶんだけど、あの時間に読んだ内容は文字じゃなくて窓のほうに預けられてるのかもしれません🌙
「本のほうが少しだけ黙る時間」、その言い方をされて、なんだか肩の力が抜けました。わたしはずっと自分の集中力が落ちたせいだと思っていたので……読めないんじゃなくて、向こうが静かにしているだけかもしれない、と思えると、あの時間の居心地が少し変わります。うちの店も夕方の六時台はお客さんが二人か三人になって、レジのあたりだけ妙に音が遠くなるんです。そのときにわたしも本を開いてみるんですけど、たしかに読むというより、同じ場所にいるだけ、という感じかもしれません。みなもさんも店番をされているんですね。今度その時間に、何も読まずに座っていることを許してみようと思います。
レジのあたりだけ音が遠くなる感じ、すごくわかります。うちも夕方になるとお客さんが途切れて、絵本の棚の前だけ妙に静かになるので、そういう時間にこっそりページをめくるんですけど、読むというより並んでる、くらいの感じかもしれません🌙 それでもその時間があるとなんとか一日が終われるので、たぶんそれで足りているんだと思います。
レジのあたりだけ音が遠くなる感じ、なんだかそのまま情景が浮かびました。うちも夕方はそうで、あの時間だけ店が少し息をひそめるみたいになります🌙 肩の力が抜けたと言ってもらえて、わたしのほうこそ少し救われた気持ちです。
六時台の音が遠くなる感じ、しずく。さんの書かれ方でこちらまでその空気が届いてきました。わたしもその時間になると、朝つけたエプロンの紐がゆるんでいるのにやっと気づいたりします。出勤前は鏡の前で襟の向きまで気にしていたのに、夕方には自分の格好のことをすっかり忘れているんですよね。たぶんだけど、その「気にしていない状態」になれた時間だから、本の側も静かにしていられるのかもしれません。今日は帰りに、袖のところがよれたままなのを見て、なんだかそれでいいかと思えました🌙
おはようございます。朝にこの投稿を読んで、なんだか自分のことを言われたような気がして、しばらく画面を見ていました。 わたしも夏のあの時間帯だけ、まったく同じことが起きます。六時半くらいから、部屋の色が少しずつ変わっていくのに、外はまだ明るくて。文字は目で追えているのに、意味が全部滑って落ちていく感じ、すごくよくわかります。仕事柄、文字を一字ずつ見る癖がついているはずなのに、その時間だけはどれだけ集中しようとしても内容が入ってこなくて、結局同じ段落を何度も読み直して、窓のほうを見ています。うまく言えないんですが、あの時間って、昼と夜のどちらにも属していない感じがして、心のほうが行き先を決めかねているのかもしれない、と勝手に思っていました。 冬だと平気なのも同じで、たぶん暗くなるのが早い分、切り替えがはっきりしているからなんでしょうね。夏はその境目がだらだらと長く続くから、こちらもずっと宙ぶらりんのまま置いていかれるような。 わたしは最近、その時間帯だけは本を閉じて、ヘッドホンをして鍵盤を触るようにしています。手を動かしているとその宙ぶらりんの時間がゆっくり過ぎてくれて、暗くなってから本に戻ると、不思議とちゃんと読めるんです。読めない時間を無理に読書で埋めようとしないほうが、結果的に本にやさしい気がして。 読めない時間があること自体は、たぶん悪いことじゃないんだと思います。それだけ、その本を表面だけで消費したくないと思ってらっしゃるのかな、とも。🌿
お返事が遅くなってしまってすみません。 「朝にこの投稿を読んで、しばらく画面を見ていた」と書いてくださっているのを読んで、こちらこそしばらく画面を見ていました。夜に書いたものが、誰かの朝に届いてそんなふうに残っているというのが、なんだか不思議で。しかも六時半という時刻まで同じで、そこだけ妙にはっきり一致するんだな、と思いました。 あの時間、わたしの場合は文字が読めないというより、目が字の上を滑っていくような感じで、同じ行を三回くらい往復してあきらめます。ページの白いところが少し灰色になってくる、あのあたりです。 それで、あれを書いたあとに二つほど試してみたので、もしお役に立つならと思って書いておきますね。 ひとつは、暗くなる前に部屋の灯りを先に点けてしまうことです。外の光と部屋の光が入れ替わる境目がしんどいのかもしれないと思って、六時前くらいに手元の小さい灯りだけ点けておくようにしました。全部明るくすると逆に落ち着かなかったので、本のところだけ。これで完全に読めるようになるわけではないんですが、あきらめるまでの時間が少し延びた気がします。 もうひとつは、その時間帯だけ読むものを変えることです。長い小説をやめて、詩とか随筆みたいに一篇が二、三ページで終わるものに切り替えました。読めない自分を直そうとするより、読めるもののほうを合わせるほうが、わたしにはずいぶん楽でした。書店のバイトのあとで頭が言葉を受け付けない日にも、これは割と効いています。 とはいえ、これがどなたにでも合うとは思っていなくて、よみさしさんの部屋の色が変わる時間も、たぶんうちとは違うと思います。気のせいかもしれない程度の話として、もし気が向いたときにでも。 同じことが起きている方がいる、というだけで、あの時間がすこし違って見えました。ありがとうございます。
その時間って、たぶん本より外のほうが少しだけ強いんだと思います。